大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(行ケ)229号 判決 2000年10月31日

原告

コニカ株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

古城春実

訴訟代理人弁理士

【B】

被告

特許庁長官【C】

指定代理人

【D】

【E】

【F】

【G】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1請求

特許庁が平成10年審判第19695号事件について平成11年5月24日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実(争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年10月29日にした特許出願(特願昭60-243083号)の一部を、平成9年9月5日に、特許法44条1項の規定により分割して、発明の名称を「自動原稿搬送装置の駆動装置」(後に、「自動原稿搬送装置」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(特願平9-241028号)をしたところ、平成10年11月9日に拒絶査定を受けたので、同年12月17日に拒絶査定不服の審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成10年審判第19695号事件として審理した結果、平成11年5月24日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年6月30日に原告に送達された。

2  本願発明の要旨

原稿(D)を、前記原稿(D)の第1面を複写するために、プラテンガラス(11)に導くガイド部(25a)と、前記ガイド部(25a)により導かれた前記原稿(D)を、正転により前記プラテンガラス(11)の所定位置に搬送し、前記原稿(D)の第2面を複写するために逆転により前記プラテンガラス(11)から排出する、正逆転可能な原稿搬送手段(30)と、前記ガイド部(25a)と共通通路を有し、前記原稿(D)の表裏を反転させるための原稿反転部(25b)と、前記プラテンガラス(11)から前記原稿搬送手段(30)によって排出された前記原稿(D)を、前記原稿反転部(25b)を周回させて、再度前記プラテンガラス(11)に搬送するために一方向回転する原稿反転手段(23b,23c,23d)と、正逆回転可能な駆動源(M)と、複数の一方向クラッチを有し、前記駆動源(M)によって前記原稿搬送手段(30)を正逆転及び前記原稿反転手段(23b,23c,23d)を一方向回転させるための駆動伝達手段とを有することを特徴とする自動原稿搬送装置。

3  審決の理由

別紙審決書の理由写し(以下「審決書」という。)のとおり、本願発明は、特開昭55-111960号公報(甲第1号証、以下「引用例1」という。)及び実願昭56-164553号(実開昭58-102550号)のマイクロフィルム(甲第2号証、以下「引用例2」という。)にそれぞれ記載の発明及び考案に基づき当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、引用例1、2の記載内容の認定(審決書3頁11行ないし6頁13行)、本願発明と引用例1記載の発明とを対比した一致点及び相違点の認定(同6頁14行ないし9頁5行)、並びに、本願発明と引用例1記載の発明との上記相違点の検討における引用例2に記載の考案の構成(構成C)の認定(同9頁7行ないし13行)は認めるが、審決は、本願発明と引用例1記載の発明との上記相違点についての判断を誤り(取消事由)、そのため本願発明の進歩性を否定したものであり、本件審判の請求を成り立たないとした審決は違法であるから取り消すべきである。

1  審決は、本願発明と引用例1記載の発明との相違点に関し、引用例1記載の発明ではその構成が明らかではない「ローラ67(原稿搬送手段)と、駆動ローラ63、65(原稿反転手段)のための、駆動源と駆動伝達手段」に対して、引用例2記載の考案の「正逆回転可能な駆動源であるモータ6と、複数の一方向クラッチ18、19を有した駆動伝達手段とによって、フィードローラ1を正逆転、及び、排出用ローラ14をフィードローラ1の正逆転にかかわらず、常に一方向回転させる」構成(構成C)を適用することは、当業者が容易に考えつく程度のことであると判断した。

2  しかし、以下のとおり、そのように適用するための動機付けがないから、審決の上記の判断は誤りである。

(1)  引用例1に記載の装置は、文書を入口から非転換路61、プラテン、転換路、プラテン、排出路という長い経路で搬送する装置であって、一方向に回転する複数のローラと正逆回転する複数のローラとを複雑に組み合わせた搬送機構により搬送するものであるから、それぞれのローラの回転方向と作動のタイミングに合わせて、それぞれ別の駆動源を用いることが自然な考えであるし、引用例1にローラの駆動源と駆動伝達機構についての説明がないことからみても、引用例1記載の発明には、駆動源を共通化するという思想がないことは明らかである。

仮に、モータの数を少なくすることがこの種の装置において一般的に指向されることとしても、駆動源を共通化するローラとして、同一方向にほぼ同じタイミングで回転するローラ同士を選ぶのが通常である。それゆえ、多数のローラの中から、敢えて一方向にのみ回転する原稿反転部のローラと正逆回転するプラテン部分のローラとを選び、これらを共通する一個のモータで駆動しようというのは、当業者が通常発想することではない。

一方、引用例2記載の考案は、ファクシミリ装置におけるカット後の記録紙の排出機構に関するものであって、引用例2には「本考案装置は、・・・別途に動力源を設けるとか、記録紙の排出のためだけにエネルギーを費すことなく、記録紙の浪費をなくすべくフィードローラを逆転させることによって、受信後の記録紙を自動的に排出することができる」(甲第2号証7頁10行ないし17行)と記載されているから、印字・切断後のカット記録紙の排出と連続記録紙の節約という2つの目的を、わずかな距離の巻き戻しのためにモータの数を増やすことなく両立させたいというファクシミリに特有の課題に基づいて、その解決方法を提示したものである。そして、引用例2記載の考案の装置は、連続記録紙を下流側(排出口方向)へ搬送する搬送手段として一組(2個)のローラを用いるものであるから、その駆動は1個のモータで行うというのが元々の出発点であり、カット後に連続記録紙をわずかな距離だけ巻き戻すために別のモータを使うことは無駄であるから、同じモータで巻き戻しも兼用できるようにしようという考えに基づくものである。

このように、引用例2記載の考案の装置における駆動伝達手段は、連続記録紙を、そのカット後に送り方向とは反対方向にわずかな距離だけ巻き戻すというファクシミリに限られた目的のために採用されているものである。

以上のように、引用例1記載の発明には、正逆回転するローラと一方向回転するローラを1つのモータで駆動しようとする技術的課題がなく、かつ、引用例2記載の考案は、ファクシミリ装置におけるカット後の記録紙の排出機構に関するものであって、引用例1記載の発明とは技術分野が異なるものであるから、引用例2の構成Cを引用例1の発明に適用する動機付けはない。

(2)  被告の主張に対する反論

(ア) 被告は、引用例1に「単面オリジナルより単面コピーをとるモード又は単面オリジナルから複面コピーをとるモードでは、実開昭51-66445号公報に示された装置におけるのと同様な態様」(甲第1号証361頁左下欄3行ないし7行)と記載されていることから、上記の公報(乙第1号証)を提出して、その第5図が図示するところによれば、一つの駆動源で複数の搬送ローラを駆動することは技術の前提となっており、この点は当業者にとって周知の自明な課題であると主張する。

確かに、同号証には、1つの駆動源で複数のローラを駆動することが記載されているが、これらの複数のローラは、いずれも原稿を一方向に搬送するための常に同一方向に回転するローラであって、その回転方向が正逆反転することもなければ、ローラ同士の回転方向が逆になる(あるローラが正転するとき他のローラが逆転する。)ということもない。したがって、乙第1号証からは、同じ方向に同時に回転するローラを一つの駆動源で駆動したいという極めて抽象的・一般的な課題だけが示唆されるだけである。

(イ) 被告は、複写機の搬送装置において、一つの駆動源で複数の搬送ローラを駆動することは周知の技術であり、正逆回転駆動する一つのモータから異なる種類の回転(例えば、正転と逆転)を取り出すことも周知であると主張する。

しかし、被告が周知技術を証するものとして提出した乙第2号証ないし乙第5号証が示す技術は、いずれも、本願発明のように複数の被駆動部材を常時に駆動して、異なる方向の回転を取り出すものではなく、1つの駆動源(モータ)の正逆回転の切り替えにより、複数の被駆動部材のうちの1つを選択的に駆動させるというものにすぎない。すなわち、

(a) 乙第2号証(特開昭58-24161号公報)では、1つのモータの正転・逆転の切り替えにより、給紙ローラ13とレジストローラ14aを選択的に駆動させる技術であって、1つのモータから回転方向の異なる2つの回転が同時に取り出されることはない。

(b) 乙第3号証(特開昭59-172333号公報)では、1つのモータの正転・逆転の切り替えにより、フィードローラ12とトレイを移動させる軸9とを選択的に駆動させるという技術であって、2個の一方向クラッチ10、11を用いることにより、モータ3が正転するとフィードローラはフィード方向に回転(軸9は静止)し、モータ3が逆転するとトレイを移動させる軸9が正転(フィードローラは静止)するようになっているものであるから、1つのモータから回転方向の異なる2つの回転が同時に取り出されることはない。

(c) 乙第4号証(実願昭57-108830号、実開昭59-15062号のマイクロフィルム)では、1つのモータの正転・逆転の切り替えにより、上ローラ29aと下ローラ29bの加圧手段を駆動するカムシャフト63とを選択的に駆動する技術であって、2個の一方向クラッチ52a、64aを用いることにより、モータをA方向に回転するときは、上ローラ29aが同じ方向に回転(カムシャフト63は静止)し、モータをB方向に回転するときはカムシャフト63が同じ方向に回転(上ローラは静止)するものであるから、1つのモータから回転方向の異なる2つの回転が同時に取り出されることはない。

(d) 乙第5号証(実願昭58-126464号、実開昭60-34138号のマイクロフィルム)では、1つのモータの正転・逆転の切り替えにより、2つの被駆動軸9、13のうち一方の軸を選択的に駆動する技術であって、被駆動軸の各々に組み込んだ一方向クラッチにより、モータが一方向に回転するときは軸9が回転(軸13は静止)し、モータが反対方向に回転するときには軸13が回転(軸9は静止)するようになっているから、1つのモータから回転方向の異なる2つの回転が同時に取り出されることはない。

これらに対し、本願発明では、1つのモータで駆動ローラを正転、逆転させつつ、同時に搬送ローラを一方向のみに回転させるものであるが、このようなモータと複数の被駆動部材の関係は、上記のいずれの文献中にも記載されていないのであって、この事実は、本願発明の正逆回転する1つのモータで駆動ローラを正逆回転させつつ搬送ローラを一方向にのみ回転させることが周知技術ではないことを示している。

(ウ) 被告は、引用例1記載の発明の装置で両面複写を行う場合には、相互に関連のある搬送ローラを関連制御する必要があるから、駆動源を共通化することが自明の課題であり、引用例2記載の考案でも駆動源(モータ)を共通化することは自明の課題であるから、両者の技術的課題が共通すると主張する。

しかし、駆動源を共通化することは、「関連して制御する」という課題が与えられたときの解決方向として考えられる選択肢(例えば電気信号による制御や機械的な制御)の中の1つにすぎない。その中からどの方法を選択するかは、装置の全体の構成や部品配置その他の様々な要素を考慮して決められるのであって、駆動源を共通化することが自明であるとはいえない。まして、引用例1の装置のプラテン上のローラ67と反転路のローラ63、65に的を絞って駆動源を共通化することは自明の課題ではないことは、上記のとおりである。他方、引用例2には、従来技術の説明として、「記録紙を排出するための排出用ローラは、受信用に記録紙を移行するフィードローラと連動させ、フィードローラが受信用に回転するにともなって、記録紙を排出するように構成してあった」(甲第2号証2頁8行ないし12行)と記載され、この事実からみて、もともと1個のモータを出発点とするものであるから、引用例2には、「駆動源を共通化する」というときに前提となる複数の駆動源という考えがそもそも存在しない。

したがって、引用例1及び引用例2について、被告が主張する課題の自明性は存在せず、両者における自明な課題が共通するとすることもできない。

(エ) 被告は、引用例2記載の考案の構成Cが、まさに、「(一方向にのみ回転するローラと正逆転するローラとを)共通する1個のモータで駆動しよう」とする構成であり、この構成を引用例1の発明に適用すれば「一方向にのみ回転する原稿反転部のローラと正逆転するプラテン部分のローラとを選び、これらを共通する1個のモータで駆動しようという」構成になることは当業者が当然発想することであると主張する。

しかし、引用例2は、カット後に連続記録紙を記録ヘッドまで戻すために、「逆転するフィードローラの回転力を、排出用ローラに正転するように伝達して、受信後の記録紙を排出するようにする」ことを目的として記載するだけで、駆動源の共通化ということには全く触れていないから、当業者が引用例2から、引用例1の転換路のような長距離搬送のためのローラと他のローラの駆動源を共通化することを読み取ることは困難である。

以上のとおり、被告の主張する課題の自明性や共通性はないから、引用例1の発明に引用例2の構成Cを適用する動機付けは存在しない。

(オ) また、被告は、引用例1の発明に引用例2記載の考案の構成Cを適用しようした場合、正逆転の機能を有する引用例2記載の考案のフィードローラを正逆転機能を有する引用例1記載の発明のローラ67に、一方向回転する引用例2記載の考案の排出用ローラを一方向回転する引用例1記載の発明の駆動ローラ63、65に置き換えて本願発明の構成に到達することは容易であると主張する。

しかし、引用例2記載の考案では、フィードローラの回転が逆転(用紙を戻す方向)に切り替わった時点において、排出ローラが搬送する紙は、連続記録紙から切り離されており、フィードローラと排出ローラとは、切り離された紙を互いに反対方向に搬送する(引き離す)ように回転する。つまり、フィードローラが逆転するときの排出ローラの回転方向は、フィードローラとは逆方向(正転)である。

他方、引用例1記載の発明では、プラテン部のローラ67の逆転によって搬送される原稿は、転換路に引き取られる際、プラテン部のローラ67と転換路の駆動ローラ63、65に跨って搬送される。そのため、原稿に対するローラ67の回転方向(逆転)と駆動ローラ63、65の回転方向(逆転)とは常に同じでなければならない。仮に、引用例2の構成を引用例1に適用しようと考えたとしても、引用例2のフィードローラを引用例1のローラ67に、引用例2の排出用ローラを引用例1の駆動ローラ63、65に置き換えたのでは、プラテン部と転換路に跨った紙の両端に逆方向の搬送力がかかってしまうから、装置として成り立たない。

したがって、引用例1のローラ67と駆動ローラ63、65の駆動源を共通化するために引用例2の構成Cを適用しようする発想自体がそもそも困難なのである。

第4被告の反論の要点

審決の認定、判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。

1  原告は、引用例1記載の発明は、一方向に回転する複数のローラと正逆回転する複数のローラとを複雑に組み合わせたものであるから、それぞれのローラの回転方向と作動のタイミングに合わせて、それぞれ別の駆動源を用いることが自然な考えであり、引用例1にローラの駆動源と駆動伝達機構についての説明がないことからみても、引用例1記載の発明には、駆動源を共通化するという思想がない旨主張している。

しかし、引用例1には「単面オリジナルより単面コピーをとるモード又は単面オリジナルから複面コピーをとるモードでは、実開昭51-66445号公報に示された装置におけるのと同様の態様で、シートは転向装置47により転換路55に送られ、そしてプラテン14上に送られる」(甲第1号証3頁左下欄3行ないし9行)と記載され、上記の実開昭51-66445号公報(乙第1号証)の第5図が図示するところによれば、一つの駆動源により複数の搬送ローラを駆動することが技術の前提となっており、この点は当業者にとって周知の自明な課題であるといえる。

そして、特開昭58-24161号公報(乙第2号証)、特開昭59-172333号公報(乙第3号証)、実願昭57-108830号(実開昭59-15062号)のマイクロフィルム(乙第4号証)、実願昭58-126464号(実開昭60-34138号)のマイクロフィルム(乙第5号証)の各刊行物からみて、複写機の搬送装置において正逆回転駆動する1つのモータから異なる種類の回転(正転と逆転)を取り出すことも周知であることがわかる。

そして、引用例1記載の発明の複写機で両面複写を行う場合には、相互に関連のある搬送ローラを関連制御する必要があるから、駆動源を共通化することは自明の課題といえる。

また、搬送路上に一連の搬送ローラを有する引用例2記載の考案でも、駆動源(モータ)を共通化することは、自明の課題であり、それゆえ、引用例1記載の発明と引用例2記載の考案とは、技術課題で共通するものである。

2  原告は、引用例1記載の発明において、駆動源を共通化するローラとして、同一方向にほぼ同じタイミングで回転するローラ同士を選ぶのが通常であって、多数のローラの中から、敢えて一方向にのみ回転する原稿反転部のローラと正逆回転するプラテン部分のローラとを選び、これらを共通する1個のモータで駆動しようというのは、当業者が通常発想することではない旨主張している。

しかし、引用例2記載の考案の構成Cは、一方向にのみ回転するローラと正逆転するローラとを共通する1個のモータで駆動しようとする構成であり、この構成を引用例1の発明に適用すれば、「一方向にのみ回転する原稿反転部のローラと正逆転するプラテン部分のローラとを選び、これらを共通する一個のモータで駆動しようという」構成になることは当業者が当然発想することである。

3  原告は、引用例1記載の発明と引用例2記載の考案の技術分野が異なるから、引用例1記載の発明に引用例2記載の考案の構成Cを適用する動機付けがない旨主張している。

しかし、引用例1記載の発明の「複写機」も引用例2記載の考案の「ファクシミリ」も、印刷機能と用紙搬送機能を有する点で共通し、かつ、用紙搬送機能のための搬送ローラの駆動機構に着目すれば、引用例1記載の発明と引用例2記載の考案の技術分野が異なるとはいえないから、両者はきわめて近い技術分野に属するものである。

4  原告は、引用例1記載の発明に引用例2記載の考案の構成Cを適用するに際して、構成Cのどのローラを引用例1のどのローラに換えて採用するかを考えることは容易でない旨主張している。

しかし、引用例1記載の発明に設けられたローラ67と駆動ローラ63、65とは、両面複写を行う際には、本願発明の正逆転可能な原稿搬送手段30と原稿反転手段23b、23c、23dと同様に回転方向を駆動制御されることは明らかである。そして、構成Cの引用例1記載の発明に対する適用は、正逆転ローラと一方向回転ローラの機能を担保する駆動機構を設けるための適用であるから、正逆転の機能を有する引用例1のローラ67に代えて、引用例2の正逆転機能を有するフィードローラ1を、さらに、一方向回転の機能を有する引用例1の駆動ローラ63、65に代えて、一方向回転の機能を有する引用例2の排出用ローラ14を採用すべきであることは、当業者ならば当然考えつくことである。

理由

1  駆動源を共通化する課題について

(1)  原告は、引用例1記載の発明には、駆動源を共通化するという思想がない旨主張している。

引用例1記載の発明は、複写に用いる文書供給装置に関するものであるところ(甲第1号証)、引用例1には、「次に第3図を特に参照し、文書供給装置5の構成をより詳しく説明する。」(3頁左上欄14行ないし15行)として、「シートは最初に真空取上げ装置41によって取出され、この装置はシートの一端を出口59より引出し、次いで駆動狭部がシートを所望の通路に送る。シート供給装置の複面コピーを複面オリジナルよりとる作動モードでは、シートは転向装置47によって非転換路61に送られる。単面オリジナルより単面コピーをとるモード又は単面オリジナルから複面コピーをとるモードでは、実開昭51-66445号公報に示された装置におけるのと同様の態様で、シートは転向装置47により転換路55に送られ、そしてプラテン14上に送られる。」(3頁右上欄18行ないし左下欄9行)と記載されている。

したがって、引用例1記載の発明の複写に用いられる文書供給装置は、上記公報(乙第1号証)に記載の技術を従来技術として、それと同様な態様によってシートをプラテン上に送るものであることは明らかであるところ、上記公報には、その名称を「文書のページの再循環装置」とする考案が記載され、第5図には、一つの駆動源で複数のローラ用プーリをエンドレス駆動ベルトを介して駆動する点が記載されている。

また、本願発明は、引用例1記載の発明の技術分野を含む「電子写真複写機等の記録装置に付加して使用される自動原稿搬送装置」に関する発明であるところ(本願発明の願書添付の明細書、甲第4号証1頁段落【0001】、甲第5号証2頁20行及び21行)、同明細書には、「発明が解決しようとする課題」として、従来技術における「自動原稿搬送装置は、原稿給紙皿に積層した原稿を一枚宛記録装置に供給する原稿供給部と露光位置に搬送停止させる原稿搬送部と第1面の露光を終えた原稿を表裏反転して再度記録装置に搬入する原稿反転部とさらに、第2面の露光を終えた原稿を原稿排紙皿に排出する原稿排出部の各部から成っていて、各部に配設される搬送ローラは装置の機構上、正逆回転するモータと一方向回転するモータの2種の駆動モータによってその全体を駆動するよう構成されている例が多い。」(甲第4号証2頁段落【0004】)、「つまり、この駆動モータは、周知の如く原稿搬送部において第1面の露光を終えた原稿を反転部に逆送する必要から正逆転に切換使用されるものと一方向回転のみ必要な前記原稿供給部や原稿反転部、原稿排出部の各搬送ローラに動力を供給するものと2種類が必要となっている。」(2頁段落【0005】)とした上で、「モータは高価であり、周期を取る必要もあるため1種のモータにより、全体を駆動しようとする場合には例えば、正逆転するモータから一方向回転する駆動力を得る必要があり、図8に示した従来例にあるように、最小限5個の歯車・・・と2個の電磁クラッチ・・・とから成る駆動装置を設け、駆動モータMの正逆転のタイミングに応じて電磁クラッチを作動して駆動出力の回転が常に一方向回転となるよう制御される機能が必要となっている。」(2頁段落【0006】)と記載されている。

これによれば、本願発明や引用例1記載の発明が対象とする技術分野において、原稿(文書)の表裏2面を複写するために、正逆回転する駆動力と一方向のみ回転する駆動力とを得る2種の駆動モータが必要となるが、経済的観点等から、これを1種のモータで駆動させるという技術的な課題が存在しており、従来技術としてこの課題を解決するため手段(他の構成例)も存在していたことが認められる。

そして、これらの各記載からも明らかなとおり、一般的に、複写機等における文書供給装置において、駆動源を共通化することは、関連する部材の作動のタイミングを同期化し得ること、使用するモータ数を減少させることによるコストの削減、配線設備の簡素化、装置全体の小型化等の利点があることは、当業者における技術常識であることが認められる。

以上によれば、引用例1記載の発明の複写に用いる文書供給装置において、可能であれば駆動源を共通化するという課題があることは、当業者であれば自明であるというべきである。

(2)  原告は、駆動源を共通化することは、「関連して制御する」という課題が与えられたときの解決方向として考えられる選択肢の中の1つにすぎず、その中からどの方法を選択するかは、装置の全体の構成や部品配置その他の様々な要素を考慮して決められるのであるとして、引用例1の装置のプラテン上のローラ67と反転路の駆動ローラ63、65に的を絞って駆動源を共通化することが自明の課題ではない旨主張している。

しかし、前判示のとおり、駆動源を共通化することは当業者であれば当然に認識する技術的な課題であって、ことに、本願発明や引用例1記載の発明が対象とする技術分野において、原稿(文書)の表裏2面を複写するために、正逆回転する駆動力と一方向のみ回転する駆動力とを得る2種の駆動モータが必要となるが、経済的観点等から、これを1種のモータで駆動させるという技術的な課題が存在していたのである。そして、引用例1の第3図には、プラテン上のローラ67と反転路のローラ63、65が、プラテン上の水平方向の近接した位置に配備されていることが認められるから、引用例1記載の発明におけるこれらの駆動源を共通化することは、当業者であれば、当然に認識し得る自明な課題であるということができる。

したがって、原告の上記主張は採用することができない。

2  引用例1記載の発明と引用例2記載の考案の組合せに関する原告の他の主張について

(1)  原告は、引用例1記載の発明と引用例2記載の考案とでは技術分野を異にするから、引用例2記載の考案の構成Cを引用例1記載の発明に適用する動機付けがない旨主張している。

引用例1には、特許請求の範囲として、「文書の1つ又は複数のシートをその複写のための露光部分に供給するものであり、露光部分より離されかつ1組の予め定めたページ順の文書を収容するようになされたホッパを有する型式の文書供給装置において」(甲第1号証1頁左下欄5行ないし9行)と記載され、その発明の詳細な説明として、「複面オリジナルから複面コピーをとる作動モードでは、シート露呈部分33の第2の部分は取出したシートを転換することなくプラテン14に向ける。・・・この構成はホッパ31からプラテン14への非転換路61を形成する。・・・シート露呈部分33の第3の部分(これは複面オリジナルから複面コピーをとる作動モードのみで作用する)は、シートの第1の面がコピーされた後にそれをプラテン14から取出し、他方の面をコピーするためそれを転換する。これは転換路57及び駆動ローラ63、65によってなされ、これらはシートを360度移動させプラテン上に戻す。プラテン14はローラ67及び位置決めゲート69を含み、それ自体シート位置決め及び露出部分を形成する。シートは露出部分に入るとローラ67に駆動されてゲート69に当った整合位置となる。シートの第1の面がコピーされた後、ローラ67はシートを転換路57に送るために1回、そしてシートを第2の面のコピーのため再び整合させるために再度逆転される。」(3頁左下欄10行ないし右下欄末行)と記載されており、これらの記載によれば、引用例1記載の発明は、複写機の文書供給装置において、文書(シート)を、ローラを正転・逆転させることにより搬送する技術に関するものであると認められる。

一方、引用例2には、「正逆回転可能な駆動源であるモータ6と、複数の一方向クラッチ18、19を有した駆動伝達手段とによって、フィードローラ1を正逆転、及び、排出用ローラ14をフィードローラ1の正逆転にかかわらず、常に一方向回転させる」構成(構成C)が記載されていることについては、当事者間に争いがない。

そして引用例2記載の考案は、「ファクシミリにおける記録紙の排出装置」に関するものであり(甲第2号証1頁19行ないし20行)、引用例2には、「本考案装置は、フィードローラが正転、逆転いずれの方向に回転しても、排出用ローラを常に正転させるように構成してあるので、別途に動力源を設けるとか、記録紙の排出のためだけにエネルギーを費やすことなく、記録紙の浪費をなくすべくフィードローラを逆転させることによって、受信後の記録紙を自動的に排出することができる」(甲第2号証7頁10行ないし17行)と記載され、この記載によれば、引用例2記載の考案は、ファクシミリの記録紙を、ローラを正転・逆転させることにより、搬送する技術に関するものと認められる。

また、一般に、引用例1記載の発明の技術分野である「複写機」と、引用例2記載の考案の技術分野である「ファクシミリ」は、共にオフィスにおいて多く使用される事務機械に属するものであり、かつ、「複写機」と「ファクシミリ」は、印刷機能と用紙搬送機能を有している点で共通する事務機械である。

したがって、事務機械の分野において、複写機とファクシミリとが異なる技術分野としての側面を有していても、両者は近接し、密接に関連する技術分野であることは明らかである。

そして、上記認定のとおり、引用例1記載の発明と引用例2記載の考案とは、ともに、紙(シート)を、ローラの正転・逆転により搬送するものであるから、機能・作用について共通するものであると認められる。

そうすると、引用例1記載の発明と引用例2記載の考案とは、技術分野が相互に密接に関連しており、かつ、その機能・作用について共通するものであるから、引用例1記載の発明に対して、引用例2記載の考案の構成Cを適用する動機付けがあることは明らかであるというべきである。

したがって、原告の上記主張は採用することができない。

(2)  原告は、引用例2記載の考案は、もともとが1個のモータを用いる従来例を出発点とするものであるから、駆動源を共通化する課題の前提となる複数の駆動源という考えが、そもそも存在しない旨主張している。

しかし、引用例2には、原告が引用する従来技術の説明として、「記録紙を排出するための排出用ローラは、受信用に記録紙を移行するフィードローラと連動させ、フィードローラが受信用に回転するにともなって、記録紙を排出するように構成してあった」(甲第2号証2頁8行ないし12行)との記載に続いて、「ところで、この種のファクシミリは、受信後記録紙をカットした後、次の受信まで記録紙をそのままの状態にしておくと、記録ヘッドとカッターとの間の記録紙が無駄になってしまうので、フィードローラを逆転させて、記録紙の先端部を記録ヘッドの位置まで戻すように構成されるようになった。これによって、記録紙の浪費をなくすことはできるようになったものの、排出用ローラは、フィードローラの正回転でのみ記録紙を排出すべく回転するように構成されていたため、受信後の記録紙は、次の受信まで排出ローラによって排出することはできなかった。そこで、カットした後、記録紙を記録ヘッドまで戻すために逆転するフィードローラの回転力を、排出用ローラに正転するように伝達して、受信後の記録紙を排出するように構成したのが本考案装置である。」(2頁13行ないし3頁10行)と記載されており、この記載によれば、引用例2記載の考案の装置において、逆転するフィードローラの回転力を、排出用ローラに正転するように伝達することにより、駆動源の共通化を図っていることは明らかである。

したがって、引用例2記載の考案において、駆動源を共通化しなければ、別の駆動源を設けなければならないことは明らかであるところ、上記考案は、複数の駆動源となることを避けて、駆動源を共通化したものと解することができるから、引用例2記載の考案には、駆動源を共通化する課題の前提となる複数の駆動源という考えが存在していることは明らかであり、原告の上記主張は失当である。

(3)  原告は、引用例2記載の考案では、フィードローラが逆転するときの排出ローラの回転方向は、フィードローラとは逆方向(正転)となるのに対し、引用例1記載の発明では、プラテン部の原稿が転換路に引き取られる際には、ローラ67の回転方向(逆転)と駆動ローラ63、65の回転方向(逆転)とは常に同じでなければならないから、引用例2記載の考案の構成Cを引用例1記載の発明に適用しようと考えたとしても、引用例2のフィードローラを引用例1のローラ67に、引用例2の排出用ローラを引用例1の駆動ローラ63、65に置き換えたのでは、プラテン部と転換路に跨った紙の両端に逆方向の搬送力がかかってしまって、装置として成り立たない旨主張している。

しかしながら、引用例2記載の考案では、フィードローラ1が正転するときに、排出ローラ14もこれと同方向に回転し、他方、フィードローラ1が逆転するときには、排出ローラ14がこれと反対方向(すなわち、常に同一の方向)に回転するものであるところ、モータは一般に正転・逆転が同様に可能なものであることは技術常識であるから、引用例2記載の考案の構成Cを引用例1記載の発明に適用する際に、引用例2記載の考案のフィードローラが逆転し排出ローラが反対方向に回転する動きを、引用例1記載の発明のローラ67が正転し駆動ローラ63が反対方向に回転する動きに適用し、他方、引用例2記載の考案のフィードローラが正転し排出ローラが同方向に回転する動きを、引用例1記載の発明のローラ67が逆転し駆動ローラ63が同方向に回転する動きに適用すればよいことは明らかである。要するに、原告は、正転、逆転という言葉に捕らわれて主張するにすぎないものである。

そうすると、引用例2記載の考案の構成Cを引用例1記載の発明に適用する際に、上記のように工夫して適用することは、当業者にとって格別の困難もなくできる設計事項にすぎないものと認められるから、原告の上記主張も採用することができない。

3  総括

以上によれば、本願発明と引用例1記載の発明との相違点に関し、引用例2記載の考案の構成Cを適用することについて、その動機付けがないとの原告の主張はいずれも採用することができず、上記の適用について、当業者が容易に考えつく程度のことであると判断した審決に誤りはない。

4  結論

以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 橋本英史)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例